まさかあの時偶然会っただけの男の子が、幼なじみの琉夏くんだなんて思わなかった。
琥一くんも。だって二人ともすっかり雰囲気が変わっちゃって、何と言うか―――
(ちょっと怖い?)
琉夏くんは相変わらず優しいけれど、目つきが鋭くなった気がする。
昔は―――もうちょっと柔らかい印象じゃなかったっけ?
琥一くんは昔から体も声も大きくて、私がビックリするたびに、琉夏くんが間に入ってきて「ダメだよ、コウ」って。
そうすると琥一くんはバツの悪そうな顔でそっぽを向いて―――それを見て、琉夏くんと二人でよく笑ったっけ。
懐かしいあの頃。
昔暮らしていたこの街で、また二人と逢えるなんて思いもよらなかった。
と、いうより、私は昔の事なんてすっかり忘れていたんだけど、琉夏くんは今の私でもすぐに気づいてくれたみたい。
入学式の朝、兄弟揃って迎えに来てくれたとき、琥一くんもすぐ分かったって言ってた。
私、そんなに雰囲気変わって無いのかな?
(それって子供っぽいって事?)
それはちょっとだけ嫌。
でもおかげで二人がすぐ気付いてくれたから、それなら良い事なのかな?どうなのかな?
(分かんないなあ)
つま先でコンと小石を蹴り飛ばした。
暮れていく夕陽がオレンジ色に染め上げた海辺の風景。
今ぐらいはあまり車も走らないから波の音がよく聞こえて、海を見ていると何だか懐かしい気持ちが込み上げてくる。
やっぱり昔暮らしていた場所だからかな?
戻ってくるまで全然思い出さなかったのに、今は色々な思い出が蘇っている。
この辺り、三人でよく駆け回ったっけ。
協会の裏が私たちの秘密基地だったけど、時々あちこち遠出したりもした。
私は琉夏くんと琥一くんが一緒だと怖いことなんて何もないような気がして、いつだって安心できて―――特に琉夏くんは、二人より足の遅い私の手を引っ張ってくれて、大丈夫?って。
(それで、気付いた琥一君が怒ったみたいな顔で戻ってくれたりしたんだよね、仕方ねえなって、私に併せて、三人一緒に歩いたりして)
「ふふ」
足を止めて防波堤の縁に取り付けられたガードレールに寄りかかって、キラキラ光る波を眺めていると春風が気持ちいい。
オレンジ色に染まった砂浜と海。
遠くで暮れかけた太陽が熟れ過ぎて零れ落ちそうなほど膨らんでいて、海の上を滑るような波のラインが浮かんでは消えていく。
浜辺にサワサワと沸き起こる泡も綺麗な夕陽色。
風が揺らす髪を押さえて、スカートの端からスルリと肌を撫でる風もあったかい。
琉夏くん、琥一くん。
私がこの街に帰ってくるまで、二人は何をして、どんなものを見て過ごしてきたのかな。
(すっかり斜めに育っちゃってたみたいだから、きっと喧嘩とか沢山してたんだろうなぁ)
そんな風には、あまり考えたくないけど。
でも学校にいる時の二人に対する周りの態度を見ていれば、何となく分かってしまう。
目立つから、人気者みたいだけど、誰からも距離を置かれているみたい。
そして琉夏くんと琥一くんも距離を置こうとしている。
(なのに、琉夏くんは女の子に凄い人気だよね)
やっぱり優しいからかな?
でもちょっと迷惑しているみたいにも見える。
(そうだ、今日だってそうだよ)
私が歩いていたら、二階の渡り廊下から、いきなりトウって。
(ヒーローみたいな掛け声で本当に飛び降りてくるんだもん、ビックリした)
とりあえず、怪我が無くて良かった。
琉夏くん、昔はあんな無茶しなかったような気がするんだけど。
「どうしちゃったんだろうね」
呟いて靴の先でアスファルトを蹴ったら、そこに小石がコロコロ転がってきた。
顔を向けたら、踵を踏んでのんびり歩く背の高い姿。
金色の髪が風に揺れていて、目が合うとニッコリ笑いかけられた。
「何してんの?」
オレンジ色に染まった琉夏くん。
歩調を変えずに私の傍まで近づいて来る。
「寄り道」
「へえ、何で?」
「気分転換、それに、色々懐かしいから」
そっかって呟いて、ガードレールから立ち上がった私の隣に琉夏くんが立った。
やっぱり全然背が違う。
前はあんまり変わらなかった気がするんだけど、見上げると時間の流れを感じちゃうなあ。
ふと首を巡らせた琉夏くんはじっと海を見ていた。
(あ)
今の横顔だけは、昔の記憶にちょっと近い。
「ねえ、琉夏くん」
「ん?」
気になって足の事を聞いたら、苦笑いされちゃった。
「平気だって、俺、ヒーローなんだから、怪我なんてしないよ」
「ヒーローでも怪我するよ?」
「そっか、そうだな、お前の言うとおりだった、確かに時々ヒーローも怪我してたよなあ」
何か思い出すような顔をして、琉夏くんは私を見てから「わかった」って笑顔で頷いてくれる。
「じゃあ、なるべく気をつける、正義の危機が訪れた時以外は、ヒーローの力を使わない」
「正義の危機って?」
「怪人に佳鈴が襲われたとき」
「ええっ、もう!」
フフって思わず笑っちゃったら、琉夏くんも軽く肩を揺らした。
「じゃあ、ヒーローらしくヒロインを送って帰ろう、もうすぐ日が暮れるよ、怪人が現れたらいけない」
「え、でも」
「気にしないで、あ、もしかして、今日はお一人様の予定だった?」
「違うよ」
「そっかぁ、1人でたそがれてるみたいだったからさ、今日のポエムの内容でも考えてるのかと思った」
「そ、そんなの書いてないよ!」
「どうかなぁ、佳鈴昔から夢見がちだったからなぁ、きれいな海、とか、そんなこと考えてたんでしょ」
「それは普通に考えるでしょ?」
「ははは!」
う―――琉夏くん、いつから私の事見てたんだろう。
そんなに長い間海を眺めていたつもりはないんだけど。
琉夏くんがのんびり歩き出したから、私も後を追いかけた。
オレンジ色に染まった道路に影が二つ伸びて重なる。
これで琥一くんも一緒だったら、あの頃の帰り道みたいだな。
耳の奥に響く潮騒だけ変わっていなくって、でも本音を言えば、私の記憶はまだちょっと遠い。
そしてあの頃より背が伸びて大人びた琉夏くんも、私より少しだけ前を歩くようになっていた。